日本国経済 昭和59年〜昭和76年

日本経済 昭和54年〜昭和70年

第二次世界大戦後の日本経済のピーク

前述した書籍で述べた内容の中に、政治予測も書いたが、経済予測に重点を置いてかいたので、その要点を各項目別にして、述べてみたい。それは、自ずから政治予測に通ずるものである。

(1)戦後経済復興の難関を乗り越えてて、発展し続けた日本経済は、石油ショックが発生する直前の昭和45年秋に絶頂ピークに達した。すなわち、目覚しい躍進を誇った高度成長力は、この時期を堺にしてたくましい底力を失ったのである。この石油ショックの2年前、すなわち昭和46年8月にはニクソンショック(アメリカのドル防衛策、為替相場変動相場制への移行は昭和48年)が発生している。このニクソンショックによって高度成長力にブレーキがかかった。ついで、昭和48年秋に発生した石油ショックが、その絶頂期の景気を直撃するかたちで、腰をおり、急激な悪化をもたらし市民生活にパニック状態をもたらした。やがてこの激しく悪化した流れが底を打つと、代わって石油の高騰に抵抗する形の挑戦的な経済活動が高まり、不安定な浮華景気が実態を伴わないかたちで舞い上がった。

こうした人為的に挑戦することによる経済活動は、幾度か繰り返されるうちに実態を上回る空虚な景気を大きくふくらませ、現在「昭和62年)に見るような浮華(バブル)景気を人為的に醸成させてしまうのである。ここで敢えて人為的というのは、自然の流れ(春夏秋冬の変遷)が下降悪化(終冬に向かう時期)しておる状態にあるとき、これに逆らうかたちで人間が意地を張って無理な挑戦を強行するほど、さらに事態を悪化させる結果をもたらす。いわゆる自然の流れに逆らう人為的な行動が、いかに虚しいかを悟って欲しいからである。

恐るべきことは、このような浮華景気がピークに達したあとに突如として発生する悲惨な崩壊現象である。すなわち、異常な急上昇で湧いた空景気の反動として、ピーク次を過ぎると一気に急激な底割れ下降に転じ、やがて長期間に及ぶ悪質な不況期に陥ることである。従って、現在「昭和62年)の景気は、あくまでも一過性の狂気のごとき好況であって、決して長続きするものではない。この道理を無視して低金利の誘惑に負け、甘言に惑わされて、投資に走れば、やがて遠からず、大きな経済損失を被り、その返済に延々と苦労することになる。

このような不可景気を歴史上で探れば、大正5年から8年に掛けて到来した大好況がそうであった。この空前の好況は、第一次大戦下における軍需品の生産が優先したことによる、生活必需品の逼迫をみた欧米国向け輸出が急増した。また、休戦が近づくと戦後の復興需要が噂され、さらに景気を煽るという極めて他動的かつ恩恵的な色彩の強い未曾有の好況到来であった。

牧先生と国家予測グラフう

第一章 長期不況の警告本は即日販売停止となる

株価大暴落を警告した本の原稿は、8ヶ月も塩漬けにされて暴落後に出版された。

私は昭和63年(1983)1月、徳間書店から「金融大崩壊」という本を出版した。本の内容は、過去2年間と将来10年間の数位を図示した日本及びアメリカの国家グラフのほか、主に市況に関連した予測グラフを掲載した長期不況の到来を警告したものであった。当初は”8月には出版します”という約束であった。それは直近の予測として、この年の昭和62年(1987)10月20日に発生した世界的な株式市場の大暴落(後にブラックマンディという)の警告を目的に書いたからである。

しかし、約束の8月になっても本が発売されない。不審に思って問い合わせてみたが、「もう少し時間をください」という返事でハッキリしない。そうこうしている間に、予測目的であった株式市場の大暴落は発生してしまった。この的中結果を見て慌てたのであろう。翌日、徳間書店から「急いで発売します」と言ってきたので、半ば諦めていた私のほうが驚いた。これでは、警告の本としては全く役に立たず、意味がないからだ。

実は、この原稿を徳間書店に渡したのは、前年の昭和62年(1987)の5月であった。ところが徳間書店の編集者たちは、「世界的な株式市場の大暴落を、半年も前に予測するなど到底信じられない」と危ぶみ、原稿は連絡もなく放置されたままにされていたのだ。

この本の出版を薦めてくれたのは、学生時代からの友人で昭和クラブ会長の秋山利継氏(秋山産業社長)であった。ホテルオオクラで行われた昭和クラブ会合の席上で秋山氏が、徳間書店の専務市川氏を紹介して出版を薦めてくれた関係で市川氏も積極的に出版を進めていただいた。また、編集者も私の小学校の後輩であったから、全幅の信頼を寄せて書いた原稿であった。後で聞いた話では、編集者も筆者の予測実績を確認するため、本の中に書かれている人々をたずねてまわって丹念な裏取り調査をしていたと言う。

私の予測はグラフ形式をとっているため、あとになって修正ができないという明確な形の予測方式であるために、編集者たちにとっても迷惑な本であったろう。徳間書店と話し合った結果、この本の前文に

「この本は、昨年お10月20日に発生した世界的な株式市場の大暴落(ブラックマンディ)を警告することを目的に書かれた。そのために原稿は昨年の5月に預かっていたが、余りに大胆な予測であったので、確認が取れず、出版を見合わせざるを得ない事情があり、心ならずも発売が遅れた」という内容の詫び文を書くことで決着。原稿を渡してから8ヶ月後の翌年1月になって、ようやく出版をみたという経緯がある。

このように予測不可能の常識の壁は厚い。

hasseisita