自分の年収相応と思う投資であっても冷静に熟慮し、寸欲をも捨て去って断念し”爪に火を灯す”稀有位をもって、勤労・貯蓄に務めることが何よりも肝要

(2)今年「昭和62(1987)年秋に発生すると予測している”世界株式市場の暴落”が意味するものは、現在の景気も実態の伴わない悪質な浮華景気であり、”捕らぬ狸の皮算用”に踊った人、とくに経営者は、波乱万丈の事態に翻弄されたあげく、万策尽きて大散財の憂き目に会うことを警告しておきたい。人間はもとより企業や国家も、資産を築くために何十年という歳月をかけ、地道な苦労を重ねて蓄える。だが悲しいことに失うときは、わずか一年間の不遇か、または半年間の投機失敗、さらには一回の勝負や災禍などによっても、一瞬のうちに全資産を失ったり、最悪の場合には身命さえ呆気なく失うことすらある。一発勝負の勝負事であれば、この厳しい現実を肝に銘じて最初から手を出さねば済む話だが、現在のように社会全体が好況一色に盛り上がっていると、相当に慎重な人でも、ついムードに乗って投機ごとに手を出してしまいがちである。

戦後の日本は、世界的にも希な長期に及ぶ未曾有の急成長をとげた。これを顧みるに投資が高度成長を促進させ、さらに高度成長が投資の急増を必要として、担保価値の高い不動産を買う。この不動産は年を追って価格上昇を続けるので担保価値はさらに高まり、それが投資の急増をj招くという経済的好循環の流れを過信し、”経済成長原理主義”ともいうべき惰性観念を信念化させた。

それだけに不動産価格が一旦崩落に転じ、やがて大幅な急落状態に陥ると人々や企業にとどまらず、国家財政にも多大な負担の要請が高まり、税収の減少に対する支出のやりくりに窮し、やがては破綻に瀕することも予測される。

そうなれば、国家財政の修復改善に数十年という長い期間を要することも十分に考えられる。さらに憂慮されることは、財政の悪化によって極めて深刻な政治混乱が続く可能性が高まることである。この意味で現在の好景気に対する選択を一歩誤ると、私たち個々人の人生は衰退や窮乏のみならず、生死さえも分かつほど厳しく難しい岐路に立たされているのである。このように極めて大事な時期にあることをよく自覚して対処したい。

従って、個々人の経済生活は、もはや国家財政に期待できない時代となろう。そうなれば自分で稼いだお金のみが、長期不況下における唯一の”命綱”であることが納得されるだろう。このことを肝に命じるならば、たとえ自分の年収相応と思う投資であっても冷静に熟慮し、寸欲をも捨て去って断念し”爪に火を灯す”稀有位をもって、勤労・貯蓄に務めることが何よりも肝要であることを理解されるであろう。

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